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プロフィール

yuji0517

Author:yuji0517
氏名、野崎雄二(YUJI NOZAKI)
経歴、1947年、新潟県生まれ
 1970年、早稲田大学政治経済学部卒
 1970~1994年、住友信託銀行
 1994~2014年、住信投資顧問(現三井住友トラストアセットマネジメント
 2014年、退職
30年余にわたり、株式のファンドマネージャーを続けて来た経験から、書き残してみたいものが、多々あり、ブログを始めてみた。
<初めて、読む方に>
左下の「過去の掲載記事のテーマ一覧」で、「初めに」に、ブログの全体像を、次いで、テーマ別に、頭に、目次を付けていますので、興味あるテーマを選んで、読んでいただけたらと思います。

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過去に記述した論文を、整理再編集したものと、新たに、書き下ろした論文集

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法律とは、何か?

                      2019、2、6
                      2019、2、8
法律とは、何か、考えさせられる事件が多すぎる
今日の日経新聞(夕刊)から、垣間見えることを、法律の観点から、少し述べてみる。

<法律は利権か?>
1、司法試験の合格者「過剰」 13道県の弁護士会声明
司法試験の合格者が毎年1500人を超え、弁護士が供給過剰になっている。
民事訴訟の大幅減などにより、・・弁護士の待遇が悪化している
「供給過剰状態を解消し、法曹の質を保持することは、司法制度存立の基盤を維持するために必要不可欠だ」

司法試験合格者が、増加することは、司法に対する理解者が増加することで、それはそれで良いことではないか。
元々、日本の人口当たりの法曹人口は、欧州に比べて低ふ、米国比では、何分の1に過ぎない。
同じ論法で言うならば、
大学の合格者が増加し、過剰となり、大学生卒の待遇が悪化している。大学合格者を減らし、大学生の質を保持することは、大学制度存立の基盤を維持するために必要不可欠だ。
医師国家試験や最近はやりの英検やTOEIC試験に同様である。
資格試験を規制したいとは、何とも解せない。
弁護士会は、よくも、こんな恥ずかしい声明を出せたものである。
まるで、弁護士は、利権なんですよ言っているに等しい。

<公文書偽造と私文書偽造>
2、賃金構造基本統計問題
・・・数日報道が多いが、今日の記事は、原因究明、厚労省から総務省に原因究明移管だけ
3、三菱アルミに罰金3000万円 東京簡裁 データ改竄で判決
・・・製品改竄事件で、不正競争防止法違反(虚偽表示)で、「組織的に改竄してきたと指摘、公正な競争を害するだけでなく、業界全体の信用を失墜させ、社会的な影響は大きい」と

2と3は、似た構図である。
違いは、2は公文書であり、3は、私文書である。2の方がはるかに、問題が大きい。
毎勤統計は、公文書である。
刑法では、公文書偽造と改竄がある。
昨年からの森友事件で、財務省は、公文書改竄で、事件の隠蔽を測った。偽造ではなかった。
しかし、今回の厚労省は、不祥事の隠蔽を図るために、偽造まで行ったという、組織的犯罪である。
江戸時代なら、誰か責任者が、切腹しているところであろう。
東京地検特捜部は、カルロス・ゴーン事件には、熱心であるが、官僚の行う犯罪には、見て見ぬふりをしているようである。

<追記> 組織的隠蔽の用語の不可解さ
厚労省大西康之前政策統括官が、国会に招致されるとか。
1月22日に、厚労省相の特別観察委員会は、「組織的な隠蔽は認められない」との検証結果を公表している。それに疑義があるから、ということであろう。
しかし、これらの事件の報道にせっしながら、日本語のが心配になってくる。
「組織的隠蔽でない」としたら、対応する言葉は、
「個人的隠蔽であった」
「組織的にも、個人的にも、隠蔽は認められない」である。
隠蔽は、事実であるから、「個人的隠蔽であった」というなら、その個人を特定すべき話かと思われる。
その個人が、大西前統括官と模されているのだろうか。
その大西氏が、組織をつかって、隠蔽作業を行えば、組織的隠蔽となるのだが。

尚、隠蔽は、法律用語にはない。(隠匿等はあるが)
隠蔽でも、その中身は、公文書の改竄(森友事件)ではない、偽造である。それも、他人の偽造(形式)ではなく、本人の偽造(実質)である。
刑法156条には、公務員が、その職務に関し、行使の目的で、虚偽の文書を作成し、または、変造した時は、1年以上10年以下の懲役に処する。 


<本当の殺人幇助は誰か?>
4、千葉県野田市の小4女児死亡事件で、母親も逮捕、
また、痛ましき事件が起きた。
犯罪であるが、DVは、病気のような側面がある。
警察は、母親の共犯関係も指摘したいのであろうが、共犯・幇助と言う意味では、もっと責任を負うべき存在がある。
アンケートを父親に渡した野田市教育委員会、と一時保護解除を行ってその後を全くみなかった県児童相談所である。
彼らの罪は、殺人幇助にあたるのではないかと思っている。
三菱アルミの例に例えれば、裁判官は、教育委員会、児童相談所に対して、「教育委員会・児童相談所の存在そのものの信用を失墜させ、社会的影響は極めて大きい」と、審決をくだすものと思われる。

<追記>事件を防ぐためには、何が必要か?
たまたま、NHKの7時半のTVを見た。
千葉県野田市女児死亡事件の特集をやっていた。
しかし、野田市教育委員会うあ件児童相談所の不手際を非難するだけであった。
不手際ではないだろう、責任回避を行っていただけだろう、というのは一緒である。
しかし、どうしたら事件を防げたかは、全くのべていない。
DVは、病気である。
病気の父親にどう対処すべきだったかが課題とおもわれる。
私の見解は、DVが判っただんかいで、父親を強制入院させるしかなかったかとおもわれる。
しかるべき医師が付き、1ヶ月なり、半年なりの強制入院をさせ、治療にあたらせると言うことである。
問題の癌巣は、父親であるから、関係者は、父親に対して、どう対応すべきであったかとおもうのだが。

教育委員会も児童相談所も、窃盗常習者を見つけながら、その常習者に、金のありかと鍵と地図を手渡しただけの存在であったとしか思われてならない。

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カルロス・ゴーン問題再述

                     2019、2、1
最近、少し多忙。
自分のブログさえ、なかなか、見れなくなったいる。
少し時間があったので,書いてみる。

昨日の日経で、
「ゴーン元会長インタビュー、 海外送金、幹部もサイン これは、策略、反逆だ」
の記事を読んだ。
記事を読む限り、彼は、何の罪で、告訴されているのか、全く理解していないようである。
この事件は、
「ゴーン元会長は、
公私混同して、
日産自動車という法人から、
ゴーン私個人に
利益を移転させた。」
これが、商法上の特別背任にあたる。
ということである。

ゴーン元会長は、[日産自動車の最高権力者だったのだから、私個人に利益を移転させたところで、どこに問題がある。これは陰謀だ。」
と、主張しているようである。
公私混同の利得行為は犯罪である、ということが、
本人に認めさせ、
世界のジャーナリズムにも認めさせることが、
この事件の歴史的使命かもしれないと、私は、思っている。


最近の読書日記

                2019,1,24
私は、寝る前に、ベッドの中で、必ず本を読んでいる。
それがないと、寝付けないのだから、睡眠薬のようなものである。

このところ、読んだ本を列挙すると、次のようなものである。
最近のものから、遡って、列挙してみる。
「共通語の世界史」 クロード・アジェージュ
「貨幣の新世界史」 カビール・セガール 再読中
「帳簿の世界史} ジェイコブ・ソール
「ギリシャ人の物語」 塩野七生
「新薬の狩人たち」 ドナルド・R・キルシュ
「銃・病原菌・鉄」ジャレド・ダイヤモンド」
「疾病と世界史」ウィリアム・H・マクレール
そのほかみもあるが、記すに足りないものは、省略する。

ほとんどが、世界史である。塩野七生を除けば、ほとんどは、それまでに習ってきた世界史の書き換えである。
歴史ものは、政治(権力闘争)と戦争ばかりの記述であり、高校教科書にしても、大学受験にしても、極めて偏ったものでしかない。
多少、付け加わったものがあるとしても、宗教、芸術くらいなものである。

ここに列挙した諸本は、世界の歴史を、全く別の角度から、切り込んでいる。
「共通語の歴史」
  ・・何故、アメリカ英語が、世界の共通語となり、アメリカのGDPが25%しかないのに、情報の80%を占めるにいたったか。
  ・・世界史は、少数語族の抹殺の歴史でもあった
「貨幣の新世界史」
  ・・貨幣には、4つの機能があり、支払手段、交換手段、価値の計算、価値の貯蔵があるが、物々交換以前から、貸借関係があ  り、貨幣が生まれた後、支払い手段となった。
  ・・残念ながら、貸借が金融に変貌する姿までは、描いてくれなかった。
  ・・言語と同様、アメリカのGDPが25%しかないのに、米ドル取引が、75%をしめ、極めて有利な立場をしめている
「帳簿の世界史」
 ・・複式簿記が開始されたのは、イタリアルネッサンス期であった。それは、アラビア数字が、商業計算に適していたからであっ   た。ガリレオもニュートンも、アラビア数字のおかげであったことが理解される。
「新薬の狩人たち」
  ・・新薬の発見は、千三ツのラッキーの産物の歴史であった
「銃・病原菌・鉄」「疾病の世界史
  ・・西暦1500年には、1億人ちかくいた、南北アメリカの先住民は、西欧が持ち込んだ病原菌で大打撃をうけ、その後、銃での進  撃を受け、絶滅(混血も絶滅みなせば)としてしまった。
これらは、いずれも、既存の世界史には、載っていない出来事である。

年初雑感(3) 平成の終わりと報道

                 2019、1、5
2019年は、4月で、平成が終わり、5月からは、新元号に移行する。
昨年末から年初にかけて、平成の時代をふりかえる各種の報道(新聞、TV、雑誌)の特集が組まれた。

改めて感じたことは
日本は、世界に誇れる天皇を持つことができた。
その一方で、世界に対して恥ずかしき首相を持ってしまった。
ということであろうか。
天皇のTV報道は、心穏やかに視聴できるが、安倍首相をTVでみると、思わず「顔を晒すな」と叫んでみたくなる。

日本における「報道の自由」は、劣化が著しい。特に、安倍政権になってからは、酷いものがある。世界報道ランキングは、急落しており、日本に、かつての面影が亡くなっている。
そのなかで、あれっと思ったものがいくつかあったので。

元日のドラマ「相棒」で、大地真央が、冒頭で、
「日本のみなさんは、政治に無関心。国政に携わるひとが、とんでもない発言をしても、お友達に便宜をはかっても、・・」
と、語ったところから、物語が始まった。
これには、思わず、ニヤリとしてしまった。安倍政権への、強烈な一言である。
よくよく考えてみると、テレ朝のドラマには、政権への批判モノが多いように思われる。それに対し、日本テレビ、フジテレビには、全くない。TBSは、時たまある。
TVドラマの製作現場にも、報道の規制が及んでいるかもしれない、テレ朝のドラマの製作現場の心意気のようなものを感じた、というのは、考え過ぎであろうか。

4日に外出したので、駅売りで「東京新聞」と日刊ゲンダイ」を買って読んでみた。
「東京新聞」の社説を読んだが、感心させられた。
「平成と憲法」と題して、「天皇が憲法を守ることは当然です。憲法99条で、天皇及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は。この憲法を尊重し擁護する義務を負う。・・・憲法を守るように命ぜられているのは、国民ではなく、政府であり、権力を行使する人だけなのです。」から、始まっている。
これは、憲法の読み方の基本である。最近の世の中は、それを知らずして(無視してかもしれないが)、報道(TV、新聞)がなされてような気がしてならない。
尚、同新聞に、
検察当局が、顧客情報を入手できる企業など計290団体の顧客情報について、裁判所など外部のチェックなしで、「捜査関係事項照会」で情報入手しリスト化していると(共同通信)。
対象は、航空、鉄道、バスなど交通各社、クレジットカード会社、消費者金融、コンビニ、スーパー、家電量販店、ポイントカード発行会社、携帯電話。
恐ろしい話である。隣の中国を笑ってなどおれないようである。
共同通信発とあるので、日経の記事を探したが、見つかっていない。一部地方紙は載せていたが、大手は載せていないようである。

昨日日経夕刊に、
NYタイムス発行人サルツバーガー氏「広告に頼らず経営 有料モデル中核に」 デジタル広告は安定的な収益源にはならず、高品質のジャーナリズムを支えることはできない。
との記事があった。
確かに、タダほど高くつくものはない。
最近の報道(TV、新聞)は、広告依存に頼り過ぎのためか、その報道内容は、著しく劣化している。
読者をみているのか、広告主をみているのか、それとも、読者(視聴者)を馬鹿にしているのか。
日刊ゲンダイという駅売り専門の新聞がある。競馬新聞を兼ね、広告主は、エロとサラ金(昔と比べると少なくなった)である。
そのためか、記事内容に、広告主を気にする必要がない。
最近の貴重な重要情報の報道は、日刊ゲンダイの独壇場のような感じもある。
もっとも、そのニュースソースは、大手新聞社の記者が、自紙では載せられないからと、情報提供してくれているからかと思われるのだが。

年初雑感(2)  年賀状と日本語

                     2119、1、1      
あれこれ雑用をやっているうちに、平成最後の年末を迎え、あっという間に 新年となってしまった。
今年は、元旦に、年賀状を書くことになってしまった。
理由は、義母が医者から見放され、介護施設から老人病院にはいって、およそ2カ月。年末挨拶を喪中にするかどうか迷っていたところ、年まで越してしまったからである。

最近は、年賀状がはやらないようである。  
若者は、パソコンや携帯メールで済ましてしまうしまうせいといわれているが、
これも、少子高齢化の影響で、年賀状ピーク世代が引退していったためと思われる。

日本には、江戸時代以前から、年賀の風習はあったが、葉書で年賀になったのは、当然、郵便制度のできた明治以降の新しい歴史である。
そして、一般の葉書と違った、「年賀状葉書」となったのは、戦後であるから、その歴史はもっと新しい。
年賀状のピーク世代は、多分、高度成長期を支えた世代と思われる。
高度成長期は、日本国内で人口大移動の起きた時期でもあり、年賀状は、遠隔地間の消息報告でもあった。
その風習が、団塊の世代にも、受け継がれた。
それが、世界での稀有な年賀状制度をつくりあげたと思われる。

年賀状は、徐々に、衰退していくものと思われる。
何故なら、私には、二人の子供がいるが、年賀状は出していない。その代わり、ネールの中には、住所録が一杯ありそうで、それで済ましているようである。
そのうち、何十年後には、年賀状の制度もなくなってしまうかもしれない。
今年は、戦後から、70年少しを経過しているから、およそ100年の文化であった。

年賀状が廃れると、なにか 困ることはないか。
もしかしたら、日本人が文字を書く習慣までが廃れてしまうかもしれない。
学問は、何時の時代でも、「読み」「書き」「そろばん」である。
その「書き」が激変している。
・指で書く・・・筆、ペン、万年室→ボールペン、鉛筆→シャープペンシル
・指で叩く・・・タイプライター、ワープロ、パソコン、ガラ携、
・指で選ぶ・・・スマートフォン
今や、文字を書く作家でさえ、パソコンで書いている。
何時の日か、指で書くことが、消えてしまうのであろうか。
その場合、気になることがある。
1、書道も、きれいな字が消えていってしまう。
 文字は、楷書だけではないし、美しい字はうつくしい。
 中国は、既に、書の文化を捨ててしまった。簡略体の字ばかりで、王義之とは別の世界に行ってしまった。
 日本には、署の文化、美しい手書き文字をのこしてほしいと思っている。
2、日本人の知能劣化につながらないか
 指先の運動は、脳の働きに直結している。
 言語は、耳で聞いて、口から言葉を発して、習得していく
 文字は、目で読んで、手で書いて、習得していく。
 日本語は、世界で最も難しい言語である。日本語を習得するには、時間がかかるが、習得してしまえば、これほど便利な言語はない。脳内の言語機能も、視覚機能も援用して、左脳も右脳も利用する。だから、頭の回転が速い。
 日本語の習得を、指で書くことを疎かにし、指で選ぶにしてしまうということは、日本人が、日本語の駆使能力を極めて狭めてしまうように思われる。
 時速200KM走れる車を持ちながら、時速100kmでしか運転できないようなものである。

年賀状が廃れつつある現状に、
昨今の携帯のタブレット化という昨今の状況を併せて考えてみた。
杞憂に終わればよいのだが。
所詮、20~30年後の世界を見ることはできないのだが。

 

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