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プロフィール

yuji0517

Author:yuji0517
氏名、野崎雄二(YUJI NOZAKI)
経歴、1947年、新潟県生まれ
 1970年、早稲田大学政治経済学部卒
 1970~1994年、住友信託銀行
 1994~2014年、住信投資顧問(現三井住友トラストアセットマネジメント
 2014年、退職
30年余にわたり、株式のファンドマネージャーを続けて来た経験から、書き残してみたいものが、多々あり、ブログを始めてみた。
<初めて、読む方に>
左下の「過去の掲載記事のテーマ一覧」で、「初めに」に、ブログの全体像を、次いで、テーマ別に、頭に、目次を付けていますので、興味あるテーマを選んで、読んでいただけたらと思います。

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病原菌(病気)と薬とDNE(2)


鎮痛剤と麻酔薬          2017、9、18

 

薬は3分類できる。

これは、私の勝手解釈であるので、その前提で読んでほしい。

1、 病原菌(真菌、細菌、ウェルス)に対する治癒薬

2、 病気とは直接関係ないが、有効な薬

3、 現代病(生活習慣病や、主として年齢に起因する遺伝的疾患)に対する対症療法薬


今回は、2の病気とは直接関係ないが、有効・有用な薬について書いてみる。

何のことはない鎮痛剤と麻酔薬である。

両方とも、欠かせない薬である。

鎮痛剤・・現在、私が使っている薬である。

最近、歯通に悩まされ、病院が開く月曜日が遠く見えて、妻のロキソニン(生理痛薬)をもらい、呑んでみた。1時間ほどで、痛みがとまった。普段、感じもしなかったが、ありがたい薬だと実感した。翌々日、歯医者に行き、現在、む虫歯の治療を行っている。

麻酔薬・・私は2度ほど、お世話になっている。16歳と40歳で、2回の蓄膿症(副鼻腔炎)の手術を行っている。

19世紀半ばまでの外科手術は、激痛のなかでの凄惨な医療行為であったようだ。その上、感染症で、多くは、死亡したと言われる。

19世紀半ば、米国人歯科医師のウィリアム・TGノートンが、エーテルを麻酔薬として使ったのが最初といわれる。それが、現在の麻酔薬に繋がり、今や外科手術には、欠かせない薬となっている。


鎮痛剤について書く。

鎮痛剤の起源は、アヘンであり、紀元前数千年に遡る。

アヘンは、小アジアを起源とするケシの野生植物で、その未塾果の液汁を乾燥させたものである。

それが、近代、モルヒネ、ヘロインとなり、今では、オピノイド系鎮痛剤となっている。

マリファナ(大麻)は、同系の麻を品種改良したものである。

アヘンには、鎮痛作用(それも耐え難い痛みも抑える)ほか、依存性と鎮静作用がある。

「新薬の狩人たち」には、鎮静作用と訳されているが、陶酔作用と訳すべきであろう。

この陶酔作用と依存性が、歴史にも大きな影を引き起こしている。

19世紀初め、東洋に進出した英国は、対清貿易では茶を輸入するだけで、輸出するものがなく、大幅な貿易赤字となり、アヘンを清に持ち込み、貿易収支を一挙に逆転し、アヘン戦争が起き、中国の植民地化が一層と進展した。

現代の中国では、その歴史があるが故に、アヘン・麻薬に対する刑罰は極めて重く(死刑対象)、また、日本も、隣国の歴史を知るがゆえに、それなりの重い刑罰になっている。

 

フィリッピンは、米国の統治下であったことが長く、戦後も米国の影響が色濃くのこった。

そのためもあろうか、東アジアには異例に、麻薬常習が社会に蔓延していた。

それが、2017年、地方政治で麻薬撲滅に注力していたドテルテが大統領となり、今や、国を挙げての麻薬撲滅に動いている。

当然、国民の支持率は、極めて高い。

 

米国は、全く、逆にうごいているようだ。

大麻は、麻薬の一種であり、陶酔作用と常習性がある。

なまじ、禁止するから、マフィアが、高値で売買し、資金源とする。それなら、解禁して、安くすれば、マフィアの資金源にはならないのでは、と。

何とも、不思議な論理である。

酒も、陶酔性と常習性では、似たようなものだ、ということかもしれない。

禁酒法を解禁したように、大麻も解禁すると。

麻薬による亡国の歴史とは、無縁のなせる業かもしれない。


私は、大麻は、当然禁止すべきと思っている。

ただ、今の取り締まりは、麻薬所持者の摘発ばかりに注力しているようで、気になる。本当は、売買者の方こそ、重罰に処すべきではないのでは、と思っている。

ただ、医療用のオピノイド系鎮痛剤は、別である。

癌の痛みは、きついと聞いている。

末期癌の患者には、下手な治療を施すより、長い人生ご苦労様でしたと、痛みのないように、精一杯の鎮痛剤を施してやりたいものと思っている。




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病原菌(病気)と薬とDNE (1)

「新薬の狩人たち(The Drug Hunters)」  2018、9、10


最近、DRキルシュ著の掲題の本(早川書房)を読んでいる。

非常に面白く、業界関係者だけでなく、一般人でも読めるので、本ブログの読者にもおすすめする。タイトルは、日本語より、英文の方が良い。

内容は、新薬開発の歴史本であるが、

ひと昔前までは、詐欺のような薬が、如何に多かったかも、

効果ある薬の発見は、ほとんどまぐれ当たりだったことも。

金儲けしか考えない製薬業界の裏側も、

そして、病とはなにか、薬とは何かを教えてくれる。


<病気と病原菌>

現代において、病気の原因は、ほとんど年齢と遺伝子によって決まる。

ほとんどとは、勝手解釈であるが、1Σ68%とすれば、3分の2程度のことであろう。

人生、7年毎に細胞が入れ替わるとすれば(7年輪廻説と言っても良いかもしれない)、

7×3=21歳で成体(人間なら成人)となり、

その後、+7×4=49歳で、細胞修復機能が一巡し、50歳代から、徐々に修復機能が失効し、各種の体調異変や病気が出てくる。

女性の閉経(子供が産めなくなる)や男性の性機能減退は、その典型例であろう。ただ、体調異変や病気の出方(高血圧、糖尿病、血管系疾患、癌疾患等)は、各人によって違い、それは、遺伝子(DNE)のなせる業であろう。

+7×4=77歳では、ほとんどの修復機能を失ってしまう。健常高齢者は、ここら辺が、限度であろう。

人口の棒グラフをみれば、一目瞭然であり、77歳あたりから、急傾斜し、5年毎に人口は半減する。

そして、死因の過半は、肺炎と敗血症である。いずれも、病原菌に起因し、体内の免疫力が聞かなくなるからである。

一般に、病気の原因に、食生活、生活習慣を主体に、外部環境を声高に主張する人達が多いが、年齢と遺伝を検討していない、残り3分の1の世界の話である。


これは、現代の話である。

病気の原因と平均余命と言う観点からみると、19世紀までの人類の歴史は全く違っていた。

以前、WH・マクニール著「疫病と世界史」、J・ダイヤモンド著「銃・病原菌・鉄」の本を紹介したことがある。

人類の歴史は、病原菌に翻弄されてきた。そして、それによって、滅びた民族もある。

1500頃には、南北アメリカには、1億人近い先住民がすんでいたが、天然痘と麻疹と西洋人の銃で、ほとんど駆逐されてしまった。

19世紀までは、病原菌は、人類の隣に住んでいた。

その病原菌とは、寄生真菌、細菌、ウェルスの寄生生物のことである。

天然痘、麻疹、コレラ、ペスト、梅毒、結核、・・・・

先ほど、私は、人生の節目が、49歳と77歳と書いたが、19世紀半ばまでは、そうではなかった。病原菌は、年齢も遺伝子もお構いなしに、人類を襲ったからである。

時代や病原菌の流行時によって異なるが、平均余命が50歳の世界では、病気の原因は、病原菌が過半であり、年齢・遺伝子・外部環境は、残りの世界であっただろうと推測される。


 それが、19世紀に入って、徐々に、変わっていった。

天然痘に対して、種痘が行われ、衛生学が発達していった。

そして、20世紀に入り、世界が劇的に変わる。

1905年、ドイツ人のP・エールリヒが、世界初の完治薬としての梅毒治療薬「606」を開発し、

その後、A・フレミングの「ペニシリン」へと展開していった。

病原菌による病気、死者が激減した。それと共に、世界の人口が急増していった。


それから、1世紀強経過したが、

人類は、病原菌の恐怖から逃れられ、高齢化社会に突入し、

製薬業界は、抗菌薬は、儲からない薬として(何しろ、一回の投与で、完治してしまうのだから)見向きもしなくなり、

病気とは何かという世界に入って行った。


今回は、ここまで。

今回の関連でも、副作用は何故おきるか、アヘンと大麻と鎮痛剤、等々

書きたいことは、色々あるが、そこそこ多忙である。

 


DNAと血液型とジュラシックパーク


血液型と癌の関係は明瞭      2018、8、23

諸事繁忙で過ごしており、書きたいことは山ほどあるが、なかなかブログがかけないでいる。
もう30年もたったが、バブルとその崩壊については、日経の私の履歴書に、元日銀理事の安斎氏がかいているが、わたしは ファンドマネージャーとして、そのど真ん中にいたので、いくらでも書くことがある。そのうち、暇になったらの題材にしておこう。

最近書いているのは、AI関連で、人間には脳内システムと遺伝子(DNA)システムの2つのシステムを抱えており、AIは、脳内システムの一部の機能だけをとりだして、大容量と高速化(高速化ではないかもかもしれない)を行っているにすぎない、というのが私の見解であり、本ブログは、その視点で書いている。
最近、遺伝子システムの方にも興味がわいて、その方面の本を読み始めている。
遺伝子システムは、基本3原則に支配されている。
1、メンデルの法則、
2、ダーウインの自然淘汰説、
3、ヘッケルの生物発生基本原則
1のメンデルの法則は、愛、恋、性、不倫にもつながる話である。
2のダーウィンの自然淘汰説は、種の盛衰や犯罪につながる話である。
3、ヘッケルの生物発生基本原則については、前回、少し書いた。
今回はその延長線上のはなしをしてみたい。

昨日夕刊に、「がん社会をみる」「血液型と発症リスクの関係」という文章が載っていた。
2009年に、米国立癌研究所で、約10万人を8年以上追跡した結果、
膵臓がんについて、喫煙、飲酒、年齢、遺伝などの他の要素を除外したうえで、血液型の関連を分析した。
その結果、すい臓がんの発症リスクはO型が一番低く、B型のリスクはO型に比べ、約1・7倍、AB型は1・5倍、A型は1・3倍であったと。
日本や台湾でも同様のかっかが出ていると。
⇒これだけの差は、統計的に、十分に有意であると言える。また、遺伝の要素を排除しているとのことであるが、血液型そのものは遺伝である。
とすれば、膵臓がんは、遺伝的要素が極めて色濃いものであると言えよう。

これが、記事の内容であるが、後が笑ってしまう。
筆者は東京大学准教授とのことであるが、
「血液型より、日々の生活の方がはるかに発癌リスクを左右します。血液型の変更は難しいですが、生活習慣をかえることで、がんの予防は十分可能です、と。」
丸で、自分で自分を否定するような結びとしていた。

人間の病気は、およそ、年齢と遺伝で約3分の2は、決まってしまう。
人間、年を取れば、免疫力が低下していく。免疫力の低下は、遺伝子により、人により個体差が大きい。それが、心臓系(心不全)か、血管系(脳溢血)か、癌系かの病気に分かれていくのであろう。
それらの病気にかからなかった場合、肺炎か敗血症となる。
私の父親は、高齢で敗血症で亡くなったが、7人兄弟で、胃癌、膵臓癌、食道癌、乳癌で亡くなっている。私も、何年後かは知らないが、癌が待ち構えているものと思う。癌にならなかったら、天寿全うともいえる肺炎か敗血症であろう。
残りが外部要因であり、その内、外部環境が半分、自己責任が半分と言うことであろう。
日々の生活とは、その自己責任ということであるが、全体からみると、わずかなものにしか見えないようなきもするが。

<追記>ジュラシックパークと最近の医療
最近、D・R・キルシュの「新薬の狩人たち}を読んでいる。
薬は、如何にして発見・開発されてきたかである。
人間・動物の体の中には、異物を受容する受容体がある。そして、毒物により死に至る。
ところが、特定の異物は、特定の受容体にしか影響を及ぼさないものがある。
病原にだけ働き、他に影響を及ぼさない異物を見つけ出したら、それが薬になると。
ところが、世の中、そんなに都合の良い異物はない。薬あるところ、副作用との組み合わせで成り立っていると。

人間・動物の体は、遺伝子設計図で出来上がっているから、できあがっているものに、後から操作を加えようとするから、副作用が出てくる。
それなら、設計図そのものを都合よく書き換えれば、治療ができるのでは。
それが、遺伝子医療であり、そして、遺伝子情報があれば、人間・動物そのものを複製できる、と。

最近の新聞は、遺伝子治療が医療の進歩の如く、取り上げているようだ。
しかし、個別の中身をみていくと、薄気味悪さを感じてくるのは、私だけであろうか?
昨日、家族とともに、スピルバーグのジュラシックパークを見てきた。
DNAの操作で、恐竜を復活させる話である。
今回の展開は、ある意味、衝撃的である。何故なら,復活した恐竜を、パーク、ランドに閉じ込めるはなしではなく(つまり、ハッピーエンドではなく)、世に解き放つ話である。
多分、スピルバーグは、遺伝子の設計図そのものに手を加えることには、反対の立場なのかと推測される。







AI(考) 数学とコンピュータの論理思考

               2018、8、7
雑事多用、なかなか、このブログを書き続けられなくている。
AIとDNAの関係を書きたいと思っているが、整理ができていない。

今日の日経夕刊の2面で、最近、私の考えていたことが、大きな紙面で2つも掲載されていたので紹介する。
「人間発見」国立情報科学研究所教授新井紀子
AI時代を生き抜く力
「AI VS教科書が読めない子供たち」の作者の履歴書のようなものである。
 都立国立高校に進学し、家庭科の調理実習出、「炒り鶏」を作った時・・
全く知らない料理で、しかたなく教科書を熟読し、材料や調味料をきちんと量って作ると、料理が苦手だった私でも、とても美味しくできた。
 読書は好きでしたが、先を読み急ぐ癖がありました。きちんと読んだとおりにやれば、出来ないと思っていた料理もできるとわかり、
 そう思って、数学の教科書を読んでみると、嫌いだった数学もわかる。大学受験の共通1次試験では予想外の満点。・・・

(私見)、日本語というものは、非常に便利な言語で、漢字とかなの組合せで、出来ている。
漢字の拾い読みを行うと、超スピードで、読みこなすことが出来る。
 視覚機能も使うので、脳内の活動も、発音記号だけの、英語と異なっている。いわゆる、速読である。使い方によっては、AIで言うビッグデータのようなものである。
 それに対する言葉が、精読(熟読)であり、一定の文章を、数学的論理思考を働かせて、内容を読みこなすことであるが、これは時間がかかる。英語で言えば、ロジカルシンキングであろうか。
 最近のAIは、この両方の組合せで、出来上がっている。

今一つの記事は、
「就活のリアル」「エントリーシートの「しかし」」である。
ハナマルキャリア総合研究所代表の上田晶美の文である。
 仕事柄、学生の書く文章を読む機会が多い。・・
 学生の文章で気になるのが、最近の傾向として、やたらと「しかし」という接続詞をつかうことだ。それも本当に「しかし」という逆接でしようするのならば1ヵ所くらいはいいと思うが、逆接にしなくてもよさそうなところまで、「しかし」を使う。
 並列の「また」の方が相応しいところや、順接の「従って」で繋ぐべきところでも、使っているのは「しかし」だ。接続詞は、「しかし」しか知らないと言うことだろうか。こうなると、国語の「リテラシー」が下がって来たことを嘆かずにはいられない。
 もし、私がエントリーシートを選考するAIロボットだとしたら、どうするか。「しかし」が使用されていたら、無条件に減点したいくらいだ。

(私見)コンピューターの原理は、「=」と「YES,NO,AND,OR,IF」で出来上がっている。先ほどの数学=論理思考そのものである。
 最近の学生は、この基本的な思考方法が欠落しているのであろうか。新井氏も、「教科書の読めない子供たち」と言っているところである。
 AIの時代と言われているが、基本的なところの教育が欠落しているのかもしれない。

介護人材 ストレス 喫煙

               2018,7,26

多忙につき、AIの続編が書けないでいる。
多少、外れるが、最近痛感したことがあるにで、書いてみる。

先日、介護施設の「ビアガーデン・七夕会」に、夫婦で参加してきた。
入所者の親族を集めての会である。
今年は、熱暑のため、室内である。
私の遠縁を、私が一番の近親者ということで、身元引受人として、入所させてもらっている。
私の義母も、今年から、別の介護施設に預かってもらっており、最近、何かと介護施設の人たちと、話をすることが多い。

介護の人たちには、本当に頭が下がる。
大勢の、わがままが多々出がちな介護者に、それぞれ個別に適確に対応しながら、
且つ、分刻み対処してくれる。
大半が、自分で車いすに乗れるわけではないので、その乗り降ろしを含めて、極めて、重労働である。

新聞記事で、
介護分野の人で不足は深刻で、ベトナムから介護人材1万人受け入れ、との記事が載っていた。
彼ら彼女らの給料も少ないと聞いている。
私は、彼ら彼女らの給与引き上げは当然引き上げるべきで、小学校、中学校の教員並みに、引き上げるべきではないかと思っている。
その一方、中学校、高校の授業は、引退した60代、70代の人たちに受け持ってもらうべきで、
現在の教員は、管理だけに徹すれば良いのではと思っている。
私は、現在の中学高校の先生たちよりも、ほとんどの科目で、より高いレベルで教えることができるとおもっているし、
世の中には、そんな年金生活者は、山ほどいる。
年金生活者を社会貢献させる、最も有効な使い道ではないか。
これが、少子高齢化時代の適材適所の人材活用かと思っている。

今回書きたいことは、もう一つのことである。
仕事をするにあたって、給料の外に、職場環境である。
今回のパーティーの合間、私は、施設の片隅にある喫煙コーナーに行って、一服した、
その時、介護職員もいて、少し話を行った。
「この喫煙コーナーも、2年後にはなくなります。
介護施設内に喫煙コーナーを設置してはならないと法律で決まったそうです。
私を含めて、何人か喫煙者はいますが・・
禁煙しなければならないんでしょうかね。
政府は、マイナーな人達を、丸で敵にしたてて、攻撃しているような感じです。」
私は、思わず、
「そうです。絶対におかしい。
日本は、電子タバコにしても、屋内の分煙所にしても、屋外での禁煙エリアと喫煙所の設置など、世界の先進国なのに・・・」
と同調してしまった。

何故なら、彼の言うことがよく理解できたからである。
私は、ファンドマネージャーであった。
ファンドマネージャと言う職業は、ストレスと背中合わせの世界で、タバコと胃潰瘍と睡眠障害は職業病のようなものである。
タバコは引退後も,嗜好として、窓際族ながら今も吸っている。しかし、本数は半減し、1日10本程度である。
胃潰瘍は、患った後、ピロリ菌駆除をやってもらった
睡眠薬は、今も使っている。

翻って、介護と言う職業は、どう見ても、極めてストレスの高い職業と思われる。
彼らに、嫌煙しろと言えるのだろうか?
それこそ、仕事を辞めてしまうのではないかと危惧される。
今一つ問題がある。
禁煙の害である。
私は、禁煙した人たちの振る舞いも数多く見てきた。
全員とは言わないが、一部の人たちが、一言でいうと、「切れやすくなる」のである。
禁煙した人たちの精神状態である。ストレスを抱えたまま、介護に接したら、介護者との関係がうまくいくのであろうか。

あらためて、職場環境とは何かを考えさせられた。
禁煙の方が害があるかもしれない、と。







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