プロフィール

yuji0517

Author:yuji0517
氏名、野崎雄二(YUJI NOZAKI)
経歴、1947年、新潟県生まれ
 1970年、早稲田大学政治経済学部卒
 1970~1994年、住友信託銀行
 1994~2014年、住信投資顧問(現三井住友トラストアセットマネジメント
 2014年、退職
30年余にわたり、株式のファンドマネージャーを続けて来た経験から、書き残してみたいものが、多々あり、ブログを始めてみた。
<初めて、読む方に>
左下の「過去の掲載記事のテーマ一覧」で、「初めに」に、ブログの全体像を、次いで、テーマ別に、頭に、目次を付けていますので、興味あるテーマを選んで、読んでいただけたらと思います。

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第1章 「ノルマとの戦い」(続) 

野村証券―第2事業法人部―    2017,5,5

次ぎの章に進もうと思ったが、読み直していて、追記を書くことにした。
筆者は、次のように書いている。
「仕事にようやく慣れた1年目の終わり頃から、私はある方針を自分自身に徹底させた。
それは、2億円や3億円を損することを屁とも思わない大会社や大金持ちだけを客にすることだ。」
「1億円しか持っていない人に2億円を損させると、その客は自殺するしかない。かと言ってノルマの達成は必須だ。そうなると、自分が客に示せる最大の誠意は、1億円や2億円を損しても平気な人を選んで取引することだった。」

これは、この業界の本質をついている。
元来、株式市場は、投機と投資の組み合わせで出来あがっている。
投機とは、博打である。
江戸時代から明治にかけて、金持ち連中は、ヤクザの賭場で博打を売っていた。
それが、明治11年に、日本でも、株式取引所が設立され、賭博の主流は、株式に移行して行った。
次いで、明治17年の太政官令に先駆はあるが、明治40年の旧刑法で、博打が禁止された。

つまり、株式市場は、金持ち連中の博打の遊び場であり、証券会社とは、「博打のテラ銭を生業」としている側面があった。
三井、三菱、住友初め歴史のある財閥が、大コングロマリットを形成しながらも、証券会社を作らなかったのは、証券業を、正業とみなしていなかったからでもある。
どんな博打も、胴元が儲かる仕組みになっている。
そして、博打には、欲(欲ボケと言っても良い)と背中合わせの側面がある。だから、どんなに博打にたけた金持ちでも、どこかで損をする。
筆者が、損をしても、笑って済ませてくれる大金持ちにターゲットを絞ったのは、正解だったであろう。

もう20年も前、銀行に投信販売が解禁された1990年代の後半の頃だったが、証券会社の人が話してくれたことがある。
「顧客が、運用資金が1千万あると言った時に、相手が銀行員なら、それが全財産である。しかし、相手が証券マンなら、その裏で、5千万円なり1億円持っている。
証券マンは、信用されていないから、その1千万円は、全部スッても良いお金である。
しかし、銀行員は信用されているので、それが、全財産である。その運用資産を、丸ごと、りスクのある投信に勧誘してはいけない。」と。

株式市場は、投資と投機の組み合わせであるが、当時の(今も変わらないかもしれないが)証券会社は、投機=博打を前面に出した営業を行っていたことは確かである。そして、それがコミッションを嵩上げして稼ぐ途でもある。
昔、証券会社の人に聞かれたことがある。
「良い銘柄ありませんか。」
「目先は、上げ下げは判らんが、業績動向から見て、半年後には、確実に上がっていると思われる銘柄ならあるよ。」
「それでは、ダメなんです。1週間後には下がっていても良いけれど、明日、上がる株が欲しいんです。証券会社に期待されているのは、そういう銘柄なんです。」



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