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yuji0517

Author:yuji0517
氏名、野崎雄二(YUJI NOZAKI)
経歴、1947年、新潟県生まれ
 1970年、早稲田大学政治経済学部卒
 1970~1994年、住友信託銀行
 1994~2014年、住信投資顧問(現三井住友トラストアセットマネジメント
 2014年、退職
30年余にわたり、株式のファンドマネージャーを続けて来た経験から、書き残してみたいものが、多々あり、ブログを始めてみた。
<初めて、読む方に>
左下の「過去の掲載記事のテーマ一覧」で、「初めに」に、ブログの全体像を、次いで、テーマ別に、頭に、目次を付けていますので、興味あるテーマを選んで、読んでいただけたらと思います。

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「ジョージ・ソロス」の世界

「移ろう世界とソロス氏の憂鬱」            2017、5、24

今日の日経新聞のオピニオンで
「反グローバルに克つ経営」「移ろう世界とソロス氏の憂鬱」が掲載され、英エコノミスト誌の引用した記事が載っていた。
安倍政権べたべたの日経新聞が、よく、「ジョージ・ソロス」について、書いたものである。
多分、ソロス氏が、反トランプを鮮明にしているので、掲載したのであろう。
しかし、後述するが、ソロス氏の主張を理解しておれば、今の安倍政権の姿勢そのものにも批判的なのであるのだが。

ファンドマネージャーを職業とした経験から言うと、世界の3大ファンドマネージャーは、この「ジョージ・ソロス」と「ウォーレン・バフィット」と「ピーター・リンチ」だと思っている。
一言で評すれば、
「ウォーレン・バフィット」は、運用が大好きな、慎ましい爺さん。
「ピーターリンチ」は、勝つことにこだわったサラリーマンファンドマネージャー。
「ジョージ・ソロス」は、運用の世界にも、哲学を追い求めた人。
と言うことであろう。
私自身、年金の運用を行っていた14年間は、「ウォーレン・バフィット」と「ピーター・リンチ」を足して2で割ったような運用を行っていたが、市場に対する見方は、「ジョージ・ソロス」に近かった。

私が、市場について聞かれた時には、常に、
市場は、「ファンダメンタル」と「需給」が組み合わさって、形成されている。
だから、市場は、常に、「ファンダメンタル」を挟んで、上にも、下にも行く。
割高、割安と言うだけでなく、資金は、どちらの方向に流れているかも、考慮にいれないと、先行きの見通しを間違う、と。

それを、説明するに恰好な理論は、「ジョージ・ソロス」の「再帰仮説」かもしれない、と思っている。
しかし、彼の理論を説明するのは、結構、面倒臭い。
ウィキペディアでは、次のようにコメントしている。読むことありませんが。

ソロスによる再帰性(相互作用性[)の理論は人間社会で起こる出来事を理解するためのパラダイムである。
この理論では、再帰性の定義として、人間が世界を知識として理解しようする機能を「認知機能」と呼ぶ。また、人間が世界に影響を与えようとし、改造しようとする機能を「操作機能」と呼ぶ。認知機能においては、世界の現実的な姿が独立変数、観察者の世界理解が従属変数となる。ここで、世界 world の現実的な姿を「W」、観察者の世界理解 understanding を「U」、認知機能(認知 cognition の機能 function)を「FC」とすると、"FC(W) → U" と記述できる。一方、操作機能においてはこの関係が逆転して、観察者の世界理解が独立変数、世界の現実的な姿が従属変数となる。操作機能(操作 manipulation の機能 function)を「FM」とすると、"FM(U) → W" と記述できる。つまり、U が W を、W を U が規定しあう関係となっており、この双方向的な状況においては確たる結果を生み出すことは不可能となる。
この双方向的な干渉を、ソロスは「再帰性(reflexivity)」と名付けた。

要約し、市場の世界で言えば、市場というモノは、動いたり、動かしたりしたら、その動いたところで、市場は再構築される。
だから、彼は、「ドイツマルク買い、ポンド売りで、相場を動かしたら、動いた先のところで、市場は再構成された。」と。
また、「効率的市場仮説が、有力になればなるほど、儲けのチャンスは多くなる。」、と。
インデックス投信は、割高な銘柄も選別せずに買ってくれるし、高い時ほど、資金が集まり易い。
相場操縦にしても、高値に買い上げれば、騙されたというより、欲ボケ連中が、買ってくる。
株式市場にしても、為替市場にしても、市場(相場)と言うモノは、そんなものである。

ところで、ジョージ・ソロスには、2つの側面がある。
一つは、ファンドマネージャーであるが、
今一つは、慈善家、哲学者、自由主義的な政治運動家、政治経済評論家であり、これは、一つの用語に纏められないので、勝手な呼称を付けれれているが、本来は一つのモノである。
江戸時代、経世家(本田利明等)という呼称があった。経世済民は、経済の語源であるが、彼は、「経世家」と呼んだほうが、ピッタリするかもしれない。

ユダヤ系ハンガリー難民の出であるが、ユダヤ色はない。
米国の金持ち(いわゆる1%)は、累進課税を逃れ、米国民からの批判を受けないようにするため、慈善活動に熱心(殆どポーズだが)である。そして、あちこちに、寄付を行うが、その大半は、見栄えの良さそうな、個人的な趣味である。
大型ヨットの乗り、釣りをしながら、反捕鯨団体に寄付をおこなう、とか、タバコが嫌いなら、嫌煙運動化のNGOに寄付をおこなう、自身は差別的なふるまいを行いながら、人権活動のNGOに寄付を行っている。

これらのエセ慈善家に比べると、ジョージ・ソロスの行動は、哲学的な思想に裏打ちされ、且つ、行動もとっている。
「現在の国際金融投機のシステムについて、多くの発展途上国の健全な経済発展を阻害するものである」、と言い、
ト―ビン(ノーベル経済学賞受賞)の案出した国際的な金融取引に税を課するトービン税に賛成している。
これは、職業としの運用を通して、現実の世界の金融経済社会の構造を把握した上での論説・主張であり、傾聴に値する。一般のエコノミストのような机上の空論ではない。

その、ジョージ・ソロスは、2006年、日本で靖国神社問題があった時に、日本に対しこう言っている。少し、長文だが、引用する。

あと数年を経ずして、日本は将来の経済及び国家安全の政策において、いくつかの大きな選択を強いられるだろう。日本は、その「世界相互依存の戦略」を破棄してしまうのだろうか?
かつて日本は、この戦略こそ、「正常な国家」とはいかなるものかという新たな模範を、世界に指し示す道なのだと誇らかに宣言した。日本は、世界及び各地の主要な国際統治機関の支援、困窮はなはだしい地域に対して行ってきた感銘措く能わざる規模の援助と救済によって、恐怖を手段とするよりも信頼の構築を旨とする国際社会に対して、鮮烈なインスピレーションの泉源となり、投資の対象となってきた。
 ところが、ここに、皮肉にも愚かな事態が起きた。近隣の大国・中国が基本的に多極主義を受け入れ始めた矢先、アメリカ合衆国が正反対な方向へと動き、国際的な諸制度への疑念を強め、最近の国家安全保障面での難題に対して大幅に一極主義的な治療策を遂行したのである。
 日本は、この両国の板挟みになった。かたや最大のパトロンかつ保護国ながら、昨今益々世界の多くの国々との折り合いが悪くなってきたアメリカ。かたやその経済的繁栄を持続させ確保すべく国際的システムにおいて安定と現状維持を志向しつつある中国。
 アメリカとの二極主義、国家安全保障面でのアメリカの大盤振る舞いへの依存度を減らすには、日本は如何なる未来図を想定する必要があるのか? また、戦後の方針を決定してきたいくつかの装置、すなわち、軍事力を攻撃ではなく防衛のみに絞ることを謳った憲法第九条、核兵器とその開発の忌避、ますます相互依存の度を強めてきた世界秩序への志向、これらの装置を改変すべきか否か?
 これらの諸難題は、あるべき国家の概念、「日本の魂とは何か?」についての熟考と討議をせき立てずにはおかない。
 これは肝要な討議である。うまくいけば、日本国内に、健全な市民社会と民主主義的秩序とをがっちりと受容する健全なナショナリズムを産むかもしれない。

かつての日本は、世界中の国家との共存共栄を目指していた。ジョージ・ソロスは、その日本の最大の理解者だったのである。
現在の日本の、安倍政権の現状を見れば、さぞ、嘆いているであろう。いや、もはや、目捨ててしまったかもしれないのであるが。
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