プロフィール

yuji0517

Author:yuji0517
氏名、野崎雄二(YUJI NOZAKI)
経歴、1947年、新潟県生まれ
 1970年、早稲田大学政治経済学部卒
 1970~1994年、住友信託銀行
 1994~2014年、住信投資顧問(現三井住友トラストアセットマネジメント
 2014年、退職
30年余にわたり、株式のファンドマネージャーを続けて来た経験から、書き残してみたいものが、多々あり、ブログを始めてみた。
<初めて、読む方に>
左下の「過去の掲載記事のテーマ一覧」で、「初めに」に、ブログの全体像を、次いで、テーマ別に、頭に、目次を付けていますので、興味あるテーマを選んで、読んでいただけたらと思います。

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野村証券に関する視点

雑感(10)       2017,10,18

日経新聞に、斉藤惇氏の「私の履歴書」が連載されている。
日本証券取引所グループ前最高経営責任者の肩書であるが、同氏は、1997年に、野村證券の不祥事事件で引責辞任したが、その後、住生投資顧問、産業再生機構、東京証券取引所のトップ、そして、KKR日本法人会長を歴任した人である。
私の履歴書の連載が開始されて以降、
私は、氏が野村証券でどんな実績を重ね、野村証券をどう見てきたか、注意深く読んできた。

はっきり言って、この履歴書は、失望の限りである。
横尾宣政の野村証券第二事業法人部と読み比べてみれば、野村証券について、全く表面的なことしか書いてないし、また、どんな営業実績を上げたのかも、全く不鮮明である。
多分、彼氏は、「運」と「要領の良さ」だけで、この世界を泳いできただけの人のではないかと想像される。

氏の野村證券入社の事情は、ほとんど書いてない。
当時、証券会社に入社した人は、「騙されて入社したか」「成績が悪く証券会社しか入れなかった」であるが、氏は、多分後者であろう。
同氏の支店での営業実績も、判然とせず。
営業実績は上げたが、記載内容は伏せたか、それとも、目立った営業実績は上げられなかったか。
氏の最大の幸運は、海外に行かせてもらったことであろう。
当時、英会話のできる証券マンは、非常に数少なかった。そこに、金融の国際化が始まった。
その波に乗ったということであろう。
彼の、野村証券の営業実態についての描写は、まこと表面的というか、まるで、私の知らない世界の話という書き方である。
営業特金、利益供与、総会屋、暴力団との癒着等々、そんな渦中にいた筈であるのに。

今日(18日水)の「私の履歴書」⑰は、1997年野村証券退職、1998年住生投資顧問転籍であるが、その後の経歴が目に見えるようである。
多分、大蔵省証券局、金融庁をバックに、要職を歴任し、米国の金融ルールを日本に導入するための先兵となったかと思われる。
本ブログの読者がいたら、この視点から、今後の展開を読んでみたらと思っている。

私は、日本の金融・証券市場は、米国の悪し側面をまねしすぎてきたと思っている。
(もちろん、全てではなく、連結財務の導入等の一部は、賛成であるが。)
先物はともかく、オプション、仕組債等の詐欺商品、ヘッジファンドのルール無視の横行、物言う株主、HFT等々
彼は、日本の健全な証券市場の発展というよりは、米国の強欲金融資本の代弁者として行動としてしてきたのではないかと、想像される。

彼氏の今後の「私の履歴書」を読む前に、今から、こんなことを述べたら、先走りし過ぎかもしれない。
終了した後に、もう一度コメントしてみよう。

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