プロフィール

yuji0517

Author:yuji0517
氏名、野崎雄二(YUJI NOZAKI)
経歴、1947年、新潟県生まれ
 1970年、早稲田大学政治経済学部卒
 1970~1994年、住友信託銀行
 1994~2014年、住信投資顧問(現三井住友トラストアセットマネジメント
 2014年、退職
30年余にわたり、株式のファンドマネージャーを続けて来た経験から、書き残してみたいものが、多々あり、ブログを始めてみた。
<初めて、読む方に>
左下の「過去の掲載記事のテーマ一覧」で、「初めに」に、ブログの全体像を、次いで、テーマ別に、頭に、目次を付けていますので、興味あるテーマを選んで、読んでいただけたらと思います。

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「刷り込み」と経歴

                   2018、1、2

「刷り込み」で、社会全般を考え始めたきっかけは、
横尾氏が、「野村證券」の中で、「刷り込みとパワハラ」が野村証券の社風を作ったとの書き込みを読んだことが大きい。
私自身に、どれだけの「刷り込み」がなされきたかを、改めて考えなおしながら、ブログを書いている。

越後の信濃川沿いの農家の次男坊出身で、それが東京に来て、銀行員になり、ファンドマネージャーになったが、モノの考え方には、経歴が大きく影響しているように思われる。
作家の、藤沢周平は、山形県の農家の次男坊出身で、数多くの時代小説を書いているが、モノの考え方に親近感を覚えるためか、何時の間にか、愛読書になった。
例えば、「厄介叔父」など、身近な世界でもあった。
本ブログのタイトルも、そこから借用させてもらっている。

宗教については、家が、浄土真宗であったこともあり、浄土真宗にたいしては、親近感が強いように思われる。
その私が、30数年前に、妻の希望で、四谷のイグナチ協会で、結婚式を挙げた。同教会は、カトリックで、結婚式までの間、約半年間、毎週、二人そろっての学習に通わされた。
その時に、キリスト教に接したわけだが、「神を信じ、身も、心も、全てを神に奉げよ(正確な表現ではないかもしれないが、疑いを持つなかれである)」と言う一神教を、垣間見た時、身震いを感じた。
恐ろしき世界だと。
それに比べると、浄土真宗は、心優しい。
「明日に紅顔、夕べに白骨」
「ただ、阿弥陀仏を唱えれば、だれでも、極楽に連れて行ってくれる」と。

翻って、キリスト教社会、ユダヤ教社会、イスラム教社会をみると、互いが、近親憎悪的な感がしないでもない。
私の信ずる神と違う神を信じるとは、許せないと。
宗教は、紛れもなく、「刷り込み」の世界である。
周辺の社会が、その「刷り込み」の中にあったら、人間は、どうやって生き抜いて行けば、良いのか。刷り込みに身をゆだねるしかないであろう。決して、周りに悟られないように。
イスラエル、イスラム、西欧社会を考えた場合、世界はどうなっていくのか、不安を感ぜざるを得ない。
これは、一神教世界だけではない。
隣国の韓国、北朝鮮、中国にも、似たような問題がある。
日本社会は、神社で安産祈願をし、孔孟で教育を受け、教会で結婚式を挙げ、仏式で葬式を行う。
世界の中で、最も、宗教の呪縛から逃れることのできた社会かもしれない。
最も、宗教の呪縛から逃れたとしても、あらゆるところに、「刷り込み」が行われているのであるが。

最近、友人との会話の中で、韓国の「慰安婦問題」がでた。
私のブログのテーマではないが、若干、見解を述べる。
常識的に考えれば、韓国人は、何で、こんなことに執心するか、不思議である。
人によっては、朱子学(教)が、社会に根を張っているからだと指摘する向きもある。私にも、そうかなと、感じない訳でもない。
それを、「刷り込み」の観点からみると、韓国人の中に、刷り込みが行われてしまったせいではないかと思われる。
社会に根深く値を張った「刷り込み」は、そう簡単に、脱することはできない。
その「刷り込み」からの解放は、西洋では、「宗教改革」や「フランス革命」であり、日本では「明治維新」であったかもしれない。
韓国が変わるには、すなわち、「刷り込み」から脱却するためには、自らの手で、何らかの、革命的事象を行うしかないように思われるのだが。
友人との話の中で、米国の日系3世議員と言われたマイク本田の話がでた。
友人は、「日系3世ではなく、日本国籍をもった朝鮮人であるのに、素性を隠して、慰安婦問題を論じるのは、卑怯だ」
と言っていた。
その後、マイク本田氏の情報を調べてみた。祖父が熊本県出身とあるが、素性不明で、朝鮮人とは、断定できないながらも、日本人らしくないことは、確かそうである。
人間、誰も、氏素性・育ちの中で、社会的な刷り込みが起る。マイク本田氏も、そのような社会に育ってきたのは確かであろう。
それに比べると、ペルーのフジモリ元大統領は、両親が、同じ熊本県出身であるが、素性が明確である。

「刷り込み」と言う点では、安部首相にも、感じられる。
何故、安倍首相は、軍国少年のような発言を繰り返すのであろうかと。祖父岸信介の影響が大きいとのことであるが、私は、「刷り込み」の観点から述べてみたい。
戦後の日本は、「戦争はごめん、平和が一番」で、70年を過ごしてきた。
ところが、最近、軍国日本の復活を目指しているとしか思えない人たちが多く出始めているような感じがしないでもない。
そして、その人たちのルーツというか、生まれ育った環境に注意してみるようにしてきた。
その結果、充分に検証したわけではないが、赤紙召集を受けた大半の日本人達の子供・孫ではなく、召集を受けなかった人達の子・孫が大半のように思われる。
当然、小池百合子の父親も戦争にはいっていない。
戦後、赤紙召集を受けながら、首相になったのは、田中角栄ただ一人である。
「刷り込み」と言うのは、こういうところにも表れている。

ちなみに、私の父は、赤紙召集であり、2人の叔父がいるが、1人は、満州開拓民且つシベリア抑留兵であり、今一人は、特攻隊の生き残りである。だから、戦争反対の平和主義者である。これも、「刷り込み」かもしれない。
(但し、自衛隊の存在意義を認め、その強化も必要。武器輸出は禁止、海外武器の購入は無意味。海外派兵は反対。途上国支援は、その国の食糧自給力強化支援や教育、インフラ支援に絞るべき。また、すべての国と、共存共栄を目指すべきとの立場である。)
生まれ育った環境による「刷り込み」は、モノの考え方に、大きな影響を与えるように思われる。

新年ゆえの、雑駁としたブログになってしまった。
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