FC2ブログ

プロフィール

yuji0517

Author:yuji0517
氏名、野崎雄二(YUJI NOZAKI)
経歴、1947年、新潟県生まれ
 1970年、早稲田大学政治経済学部卒
 1970~1994年、住友信託銀行
 1994~2014年、住信投資顧問(現三井住友トラストアセットマネジメント
 2014年、退職
30年余にわたり、株式のファンドマネージャーを続けて来た経験から、書き残してみたいものが、多々あり、ブログを始めてみた。
<初めて、読む方に>
左下の「過去の掲載記事のテーマ一覧」で、「初めに」に、ブログの全体像を、次いで、テーマ別に、頭に、目次を付けていますので、興味あるテーマを選んで、読んでいただけたらと思います。

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

アクセス数

過去の掲載記事のテーマ一覧

論文集

過去に記述した論文を、整理再編集したものと、新たに、書き下ろした論文集

RSSリンクの表示

リンク

五木寛之ー大谷選手ー才能と運ー運の格差ー確率⇒・・・・

                 2017、4、10
<五木寛之>
今日の日刊ゲンダイに、同氏のコラム「流されゆく日々」を読んだ。
同氏の小説は、余り読んではいない。せいぜい、「青春の門」外数点である。
ただ、このコラムは、30年ほど書かれ続けており、時々読んでおり、同氏の戦争観や宗教観には、賛同するところが多い。
<大谷選手>
本日のテーマは、「運の格差を考える」として大谷選手のことを書いていた。
同氏が、スポーツ選手を取り上げるとは、極めて異例である。
「大谷選手の能力とは別に、並外れた幸運が働いているように思われる。」
「一人の人間に与えられた幸運は限られている、と言う説がある。大谷選手は、幸運を使い果たしてしまうのか。そうではあるまい。」
「そう思うと、「運の格差」を考えてしまう。」
「努力すれば、幸運はは自ずから訪れる、と説く人はいるが、・・・・」

<能力・実力と運>
これからは、私の見解である。
囲碁・将棋は、実力が、ほとんど100%、モノを言う世界である。囲碁の井山裕太や将棋の藤井聡太の世界である。
それに対し、運が100%運の世界が、丁半博打である。
その中間の世界が、私が職業とした株式投資の世界であり、賭け事でいえば、麻雀やポーカーである。
野球も、能力と運の関係で言ったら、ここに属するのかもしてない。
<運と確率>
五木氏は、運にも格差があるかもしれないと。
この考えは、確率の考えかたと同じである。
サイコロで、偶数、奇数のでる確率は2分の1である。
ところが、今回、偶数が出たら、次は奇数である、とはならない。次も、偶数が出る確率も、奇数が出る確率も同じ2分の1である。
だから、延々と偶数が出続けることもある。
人生で言ったら、幸運がずうっと続くこともあれば、不幸ばかりが続くこともある。
運と確率は、似たようなものである。或いは、同じ事を、行っているのかもしれない。

<運と確率とAI>
AIは、コンピューター(機械計算)であり、須らく、数学である。
それは、古典的数学(ユークリッド)の組立=論理と確率と統計で出来上がっている。
囲碁・将棋の世界は、ルールが決まっているので、強い者(実力)が、必ず勝つようになっている。
これまでのコンピュータは、膨大な計算を必要とする論理だけでは、人間に勝つことはできなかったが、
最近は、AI技術の発展、すなわち、論理と統計の組合せ(デープランニングと呼ばれる)で、人間を凌駕する場面が生じてきている。
しかし、実力と運が組み合わさった世界は、全く別次元の世界である。
株式投資や運用の世界で、AIを持ち出す人たちがいないではないが、それは、全く運用を知らない人達である。
現代のAI技術では、所詮、表層を撫でるだけのものでしかない。
何故なら、確率や統計との組み合わせは、AIなど持ち出されなくとも、チャート運用として、昔から使われてきた。
そして、チャート破りと言うことが、しょっちゅう起こってきたのも歴史である。
運用をAIに任せようというのは、営業文句として、この方が売れそうだというだけの話である。

ファンドマネージャーとしての経験で言うと
「能力だけでは、勝てないというより、勝ち続けることができない。」
「勝ち続けるには、やはり、運が必要である。」



スポンサーサイト

<< 独り言 | ホーム | 腐臭漂う佐川証人喚問 >>


コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

 ホーム